国家石油備蓄基地の塗装仕様

昨日岸田総理が、高騰を続ける原油価格に鑑みアメリカと強調して国家備蓄している石油の放出を決めたというニュースが報道されました。市場に提供される量は数日分ということで、価格への影響は限定的という見方がされていますが、現在大学で講義中の「塗料塗装工学概論」でこの国家石油備蓄基地を取り上げようとしていたところなので、今日はこの国家石油備蓄基地についてご紹介することにします。まずは概要です。

Wikipedia、および各備蓄会社のホームページなどから作成

石油備蓄の発端はオイルショックです。1973年(昭和48年)におきたオイルショックの教訓から、日本のみならず石油輸入国の多くが備蓄体制構築に動きました。現在日本では、国家備蓄、民間備蓄、産油国共同備蓄をあわせ製品換算ベースで約7か月分の原油が備蓄されており、そのうち約7割にあたる145日分が10か所の国家備蓄基地に備蓄されています。(下図)

JOGMECのサイトから引用した写真で構成

陸上備蓄が8か所、洋上備蓄が2か所(上五島、白島)です。最も早く完成したのが1985年のむつ小川原、最も遅いのが1996年の白島(北九州)です。写真からでは鮮明にはわからないかもしれませんが、すべて海からのアクセスの良い場所、すなわちタンカーが接岸できる場所に近い位置にタンクが設置されています。

この中で洋上備蓄について少しだけご紹介して備蓄のスケール感を感じとってもらおうと思います。

http://www.jogmec.go.jp/about/domestic_007-07.html 

上五島では5隻の貯蔵船を係留する形で備蓄されていますが、それぞれの貯蔵量が88万KL(東京ドームの3.5杯分)もあります。貯蔵船の大きさは、長さ390M 幅97M 高さ27.6Mで、一隻の甲板でサッカーコートが6面はとれるだけの大きさがあります。写真上部に係留されているタンカーと比較してもその大きさがわかるのではないでしょうか?貯蔵船内部は9つの原油タンクに別れており、すべて二重構造で仕切られ、万が一外壁が損傷しても原油が流出しないようになっています。

さて本題の陸上タンク外面の塗装仕様ですが、これが意外と難問でJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)のサイトを探しても見つかりませんでした。いろいろ探して見つかったのが下の情報です。

この表のうち国家備蓄は下の5か所です。新設時の塗装仕様を見ると工事開始が1985年以前のものはジンク・エポキシ・塩化ゴム、それ以降のものはジンク・エポキシ・ウレタンという塗装仕様になっています。実はこの1980年代、1990年代は短期間のうちに標準となる上塗りが変遷した時代でした。ほぼ同じ時代の大規模な国家的プロジェクトである本四連絡橋においては、1970年代までは塩化ゴム、1980年代はウレタン、1990年代はふっ素というように大きく変化しています。こうした変遷に比べると、この国家石油備蓄のタンク外壁仕様についてはすこしずつ遅れて切り替わっているように感じます。

しかし、2011年時点においてメンテナンス仕様においては、新設時に塩化ゴムであった基地はウレタンに、ウレタンであった基地の一部はふっ素に切り替わっていますので、タイムラグはあってもキャッチアップされているものと思われます。(最新のメンテナンス仕様の情報は入手できていません)

実は講義でこうした石油備蓄基地を紹介しようと思った理由は、以前に白島と上五島を仕事で訪問したことがあり、その時にここで働く人たちから聞いた話が印象的だったからです。国家備蓄という形で大量に貯蔵した危険物を管理するという仕事は、自然災害やテロなどのリスクに対し大変なプレッシャーを感じていること。また両基地とも保安上の観点から陸からのアクセスはなく、水については基本的に自給自足で賄うためその使用には制約があるということでした。

普段脚光を浴びることがない石油備蓄ですが、その社会的な使命を全うするために基地で働く人達がいるということを伝えたいと思い、紹介させてもらいました。