コロナショックの経済影響  日本バブル崩壊の影響をレビューする

日本の戦後経済を振り返るとき、大きな経済停滞としては、オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックが挙げられます。これまで、今回のコロナショックの影響を予測するための一つのモデルとしてリーマンショックの影響を詳しくみてきました。今日はこのシリーズの最後として、バブル崩壊の経済影響を振り返りたいと思います。

そもそも、バブル崩壊(日本バブル崩壊)とはどんなものだったのでしょうか?金融情報サイトiFinanceから引用します。「1990年代初頭に起こった、日本のバブル経済(バブル景気)が破綻し、景気が急速に後退した一連の出来事。1980年代後半から、信用膨張を伴った投機によって、日本の土地や株式などの資産価格が適正水準を大幅に上回った状態(経済が実体以上に泡のように膨張した状態)が短期間で崩れ去ったもの」と説明されています。今なお株価の史上最高値である38,957円44銭は、1989年12月29日に記録されました。

 1990年3月に大蔵省(現・財務省)から通達された「総量規制」に加えて、日本銀行による急激な金融引き締めが一気に崩壊を招いたとされています。1973年12月から続いた日本の安定成長期が終わり、「失われた30年」と呼ばれる低成長期に突入し他文字通りエポックメイキングな出来事でした。1991年3月から1993年10月までの景気後退期を指すとされています。下の図に示すように、塗料の生産は1990年をピークとしていまだに低迷しています。その分岐点となったのがバブル崩壊だったのです。

しかしながら、このバブル崩壊は、細かく見ていくと意外な側面があることがわかります。下の図は、バブル期前後の塗料生産数量の推移を示したものです。一見して、リーマンショックとは様相が異なることがわかります。大幅な落ち込みがないのです。1991年、92年、93年と次第に生産数量が落ちこんでいき、1994年に少し回復しますが、また1995年には若干ですが減少しています。

 それと同時に、月ごとの変動が大きいことに気が付くかもしれません。図中の赤いマークの月は3月、黄色いマークの月は9月です。この二か月は前後の月と比べて生産量が多い場合が高く、3月は7年中6回、9月は7年中4回も前後の月よりも多くなっているのです。これはいうまでもなく、3月は年度末、9月は上期末であることに起因しています。かつては各社で、こうした期末の調整が行われていたようです。

この生産量の推移を前年同期比および1989年を100とした時の指数で表してみます。

 こうして眺めてみても、やはり急激な変化は感じられません。1990年以降じわりじわりと需要低迷が広がっていったという感じでしょうか?もちろんそれまでは複数年にまたがって前年比を下回ることはありませんでしたし、それだけ長い停滞は大変なことなのでしょうが、どうも今回のコロナショックで起きつつある事象と比べるとインパクトの強烈さ、一時の落ち込みの深さが異なるように感じます。

 その原因は、やはり世界経済との関係にあるのではないかと思われます。バブルは言わば日本の停滞でした。それに比べて、リーマンショックは先進国全体の停滞とみることができます。リーマンショックの前後で、途上国のGDP成長率がマイナスになることはありませんでした。 

 今度のコロナショックは、もはや感染症が世界全体に拡大しており、途上国においては医療機関の脆弱性が指摘され先進国以上の経済影響が懸念されていることから見ても、リーマンショックを上回る世界的な経済影響が必至であると考えます。リーマンショックの塗料業界への影響は、工業用塗料の需要減が中心であり収束に2年近い年月を要したとみることができます。今回は、それよりも長くて深い谷を渡る覚悟が必要かもしれません。