カーボンナノチューブは構造発色か?

芝浦工大での講義もあと2回を残すのみとなりました。これまで5回レポートを提出してもらい、講義で印象に残ったことを書いてもらいました。中には質問を書いてくれる学生さんもいました。今日はそんな質問の中から一つご紹介したいと思います。その質問とは表題の「カーボンナノチューブは構造発色か?」というものでした。これは全くこれまで考えたことがない質問でした。カーボン名前が付けば黒いものと決まっているものだと思っていました。しかし、ダイヤモンドは炭素の単結晶でありながら黒くはありません。言われてみれば確かにカーボンが黒い理由を確かめたくなりました。

まず、カーボンナノチューブの構造ですが、一般には図1に示されている構造をイメージしていると思います。実際には、チューブが何層も重なった構造のマルチ・ウオール構造のものも多いようですが、とにかく基本は六角形の形が無限につながったチューブ構造です。

こうした六角形が無限につながったような構造は、カーボンナノチューブだけでなく、グラファイトもその単層シートであるグラフェンも同じです。

一方で、右端のダイヤモンドについては、正四面体構造の連続であり、六角形はどこにもありません。

次にカーボンブラックの構造については、図2を見てください。カーボンブラックの粒子は、小さなグラファイト構造(図1参照)が寄せ集まり層状に重なったものであり、これも六角形がたくさん連なったものと言えます。

これを踏まえると、六角形がたくさん連なった構造がカギを握っているようです。また六角形は単結合と二重結合が交互に繰り返すベンゼンの構造をとっていることもわかります。

単結合と二重結合が交互に繰り返す構造は、容易に単結合と二重結合の位置が交換される共役という状態にあります。カーボンナノチューブをはじめ、グラファイトやグラフェン、カーボンブラックはこの共役の範囲がとても広いため、可視光領域から赤外領域まで幅広い光を吸収することができます。すなわちすべての光を吸収できるので黒いのです。詳しくは説明1をお読みください。

これでカーボンナノチューブが黒い理由はわかりました。次に、構造発色と呼ぶのが妥当かどうかを決める上でも構造発色について説明します。

実は世の中で黒い物質は構造発色で黒いものが少なくありません。

まずは、「針千本」です。図3.左の写真を見てもらうと、実際にピカピカの金属針が千本入っている瓶を上から覗くと確かに黒く見えることがわかると思います。右の図に黒く見える理由が述べられていますが、たとえ光の反射率が90%だとしても、反射するたびにわずかに光の吸収が起こるため、図のように光が針の束の中で反射を繰り返していくと大きく減衰し、外部に反射光として観察される光はほとんどなくなってしまうのです。実は、世の中に存在する本当に黒い物質のほとんどがこうした理由によるものなのです。こうした「構造色」ともいうべき本当に黒いものの例をさらに見ていきましょう。次も人工物です。

ビロード(図4)は皆さんもよくご存知だと思います。ビロードとは「パイル織物の一種。ベルベット velvetと同義語。天鵞絨とも書く。主として絹,レーヨン,ポリエステル,木綿などで織られ,服地,服飾品,室内装飾などに用いられる。」(ブリタニカ国際大百科事典) であり、独特の手ざわり、風合いから広く使用されています。このビロードの黒も実は大変に黒く見える物質です。

図5.の左上部に示すように、ビロードの生地としての特徴は、その構造にあり、表面から繊維が直立しているような構造をしています。右上部や下部の電顕写真を見てもらえれば、より明確にイメージしてもらえると思いますが、黒のビロードがとても黒く見えるのは、この生地の構造によるものなのです。ちなみに、黒いビロード布は、何かの写真を撮ろうとするときに、反射光がないので非常に便利な背景として使用することができます。

次に天然物の構造発色で黒いものをご紹介します。天然界における黒のチャンピオンは極楽鳥です。と言っても羽全体が本当に「黒い」のではなく、羽の内側が特に黒いのです。その様子を図6.でご覧ください。

左上の写真は、オスが求愛行動として、羽の内側は見せているところですが、本当に黒い色です。その下の写真は、その様子を横から撮ったもので、羽の外側が同じ黒でありながら全然黒さが違うことに気づかれると思います。この違いは微細構造にあります。右側の(a)と(b)の写真は、それぞれ羽の外側と内側の電顕写真です。倍率が異なるのでわかりにくくはありますが、じっと睨んでもらえれば、内側(b)の方が断然細かい構造になっているのがわかると思います。下の写真(c)と(d)は、この羽根に金を蒸着した時の外観です。羽根の外側の写真(c)では、金に蒸着されていることがはっきりとわかりますが、羽根の内側の写真(d)では、蒸着されているのにもかかわらず、黒く見えます。これは「針千本」と同じで、微細構造のため反射した光が減衰し外からは反射光として観察されることがないのです。この極楽鳥の羽の内側部分は光の吸収率が99%を超えているとも言われており、天然界の黒のチャンピオンと言えそうです。

以上説明してきたように、構造発色によって黒く見えるということは、その表面の微細構造のために、光が一度侵入したが最後出られなくなるため、吸収され黒く見えるということなのです。

以上材料がでそろいましたので、以下を表題の質問「カーボンナノチューブは構造発色か?」の回答とします。

カーボンナノチューブが黒いのは、その部分子構造に由来していますが、形状的構造には由来していません。一方、構造発色と呼んでいるものは、分子構造に由来しているのではなく、形状的構造に由来しています。従ってカーボンナノチューブが黒いのは構造発色ではありません。

(若干ややこしいのは、以前BMWに塗装された?ということでVantaBlackなるものの存在です。VantaBlackは、カーボンナノチューブを密度高く垂直に林立させることにより世界一の黒さを実現したと標榜しているからです。この説明では、垂直に林立する表面構造が黒い理由であるかのように聞こえてしまいます。もちろんこうした構造があれば黒さがより強調されることは間違いないとしても、カーボンナノチューブは初めからそのものが黒いのです)

本日の構造色の説明については、2020年9月2日に掲載した「世界一黒いもの その2」の内容を引用しています。また図3および図5~図6は、元関西ペイントの中畑顕雅氏に提供していただいたものです。ここに改めて謝意を表します。