ヤマサ醤油の”シュードウリジン”

一昨日のニュースでヤマサ醤油の”シュードウリジン”なるものが、新型コロナウイルスのワクチン製造に欠かせないキーマテリアルとなっているということを知りました。最初聞いたときは、「シュードウ・リジン」と思い、「摺動リジン」という漢字を思い浮かべて???となったのですが、「シュード・ウリジン」と聞いて納得がいきました。

「シュード」とは「偽の」と意味で、学術用語には時々出てきます。「ウリジン」は、RNAの構成成分であり、このシュードウリジンは、RNAの合成用素材なのです。ですが、なぜ「偽の」「ウリジン」と呼ばれるのでしょうか?以下できるだけ詳しく説明します。

新型コロナウイルスのワクチンでは、スパイクタンパクのm-RNAを脂質でくるんだものが使用されています。このm-RNAというのは、情報を伝達するための設計図にあたるものでこのm-RNAの情報に基づきスパイクタンパクの一部が体内で作られ、それに対する抗体ができるという仕組みになっています。m-RNAとそれを構成する成分を下に示します。(それぞれのパーツは主にWikipediaから引用しています。

左がm-RNAの構造です。これをよく見ると「ヌクレオチド」と呼ばれる部品の繰り返しで構成されていることがわかります。中央の「ヌクレオチド」は、さらにリン酸とリボース(糖)と核酸塩基(Base)で構成されており、「ヌクレオチド」のリン酸が結合する前の状態のものを「ヌクレオシド」と呼ばれています。「ウリジン」とは「ウラシル」という核酸塩基とリボースから構成される「ヌクレオシド」の名前なのです。

核酸塩基については、よく知られているように、遺伝子情報伝達の主役です。それぞれの核酸塩基は情報伝達の際にペアを形成する相手が決まっており、複数の水素結合対を形成することで遺伝子情報をエラーなく伝えることができます。核酸塩基を下図に示します。

これで「ウリジン」はわかりました。ではなぜ「偽の」なのでしょう?ヤマサ醤油のサイトには「シュードウリジン」の説明が掲載されておりそこには以下のように説明されています。

https://www.yamasa.com/biochem/business/20211012.html

「新型コロナウイルスワクチンのmRNAは、コロナウイルスの突起部分(スパイクタンパク質)のmRNAを投与すると、そのmRNAによりスパイクタンパク質が細胞内で生成され、結果それを攻撃する抗体が作られるという仕組みです。通常のmRNAですと自然免疫により減少し蛋白質が作られにくくなるところ、ウリジンを修飾核酸(シュードウリジン)に置き換えたmRNAの場合この免疫機能を回避できるようになり、十分タンパク質が作られるようになります。」

なんと、「「偽の」部品を使ってワクチンを作らないと、体内でスパイクタンパクが十分に合成されず、従って抗体も十分にできないために、わざわざ「偽の」部品を使ってワクチンを作る」と言っているのです。シュードウリジンの合成と構造を下記に示します。

図はWikipediaから引用

どうやら酵素を使ってリボースとウラシルの結合位置を変更しているようです。それではなぜ、ヤマサ醤油は、このような「シュードウリジン」のような修飾核酸を作っているのでしょうか?これもヤマサ醤油のサイトに説明がありますので引用します。

「ヤマサ醤油の医薬・化成品事業部では、核酸系うま味調味料の製造開始を発端に、核酸化合物に特化して60年以上事業展開してきています。1970年代からは医薬品原薬の製造販売も開始しています。以前は研究用試薬として数多くの核酸化合物を合成し販売していましたが、その一つとしてシュードウリジンを1980年代から販売しております。」

ヤマサがシュードウリジンを販売している発端は核酸系うまみ調味料にあるようです。核酸系のうまみ調味料とは何かと思い調べてみました。皆さんもよく御存知の名前が出てきました。イノシン酸です。

Wikipediaより引用

イノシン酸やそのナトリウム塩は、肉類に含まれるうま味成分として知られていますが、構造はまさにヌクレオチド類似であり、リン酸、リボース、核酸塩基類似構造物質から構成されていました。ヤマサ醤油は、こうした核酸系うまみ調味料の研究を継続し、事業化してきたということのようです。

ヤマサではさらなるワクチン増産に備えシュードウリジンの増産体制を整備中であるとのことでした。世界のワクチン製造に対しての貢献に拍手を送りたいと思います。