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かんとこうブログ

2020.09.04

世界一黒いもの 黒の物語その4

さていよいよ最終日ですが、本日の主題である「カーボンブラックを使った最も黒い塗料を作るには?」というのは、実は相当な難問であることがわかりました。なぜなら、塗料についての光の反射率(あるいは吸収率)については、ほとんど公表されているデータがないのです。そんな中で、数少ない関連文献の記述から、「世界一黒い塗料」はどんなものであるのかを考えてみます。

一つ目の文献は、1996年の色材協会誌に掲載されたコロンビアカーボン社の「黒色度および底色に関するカーボンブラックの特性と分散効果」というタイトルの文献です。この中に、光学適性として黒色度の記述があり、粒子径が小さいほど黒色度指数が高い(黒い)ことを明瞭に示しています。このグラフの縦軸は黒色度指数という目視での評価数字ですが、分光光度計による反射率測定の結果ともよく整合すると述べられています。


「黒色度および底色に関するカーボンブラックの特性と分散効果」R. L. Taylor (Columbia Chemicals) 他色材、69〔6〕、389-395(1996)

表現方法は違いますが、粒子径が小さいほど、黒度指数が高いという記述は、もう一つの文献、1981年の色材協会誌に掲載された三菱化成(現在の三菱化学)の方が書かれた「カーボンブラック顔料」というタイトルの報文でも書かれています。少し複雑な図ですが、図の中央にある粒子径が小さくなるにつれ、上に書かれた黒度指数が上昇するのが見て取れます。


「カーボンブラック顔料」 石橋他(三菱化成)、色材、54〔11〕690-696,1981

この文献では、さらに黒色度を決める因子として、粒子径の他にストラクチャーと表面性状をあげ、ストラクチャーが小さくなるほど(粒子のつながり具合が少ないほど)黒さが増すことを指摘しています。つまり粒子径が小さく、つながり具合が少ないほど黒い塗料が作れると言っているのです。

このことを、カーボンブラックの商品カタログに記載された特性値で確かめてみました。二つのメーカーの製品データを調べてみましたが、幸い特性値は共通でした。「黒さ」を表わす特性としてPVC黒度指数というのがありましたので、この数値を粒子径の関係を図にしてみました。PVC黒度指数とは、PVC樹脂と混ぜ合わせた時の基準物質に対する相対的な黒さで、値が大きいほど「黒い」ことを示しています(ただ会社によって基準物質も相対値も異なります)。


両社のPVC黒度は基準も相対値も異なっているので、これらを横並びで比較することはできませんが、両社のカーボンブラックとも粒子径が小さいほど黒色度が高くなることは確認できました。

ちなみに、この粒子径と黒色度の関係曲線は、反比例の関係にあるように見えます。これは、比表面積が粒子径と(理論的にも実際にも)反比例の関係にあることに起因していると考えられます。以下にメーカーBのカタログ値における粒子径と比表面積、比表面積と黒度指数の関係を示します。


究極の黒塗料とは、粒子径が極めて細かい(比表面積の大きい)カーボンブラックを使用した塗料だということがわかりました。しかし、この結果手放しで喜ぶわけにはいきません。なぜなら、実際に粒子径の小さなカーボンブラックを、きちんと分散するのは容易ではないからです。カーボンブラックは、基本的は連続したグラファイト構造の集積であり、化学的にみれば非常に不活性で取り付くシマもない構造です。そこで、塗料用途では酸化処理によって表面に残された官能基を手掛かりにして、なんとか樹脂や分散剤がとりつきようやく安定化させているのです。粒子径の小さなカーボンブラック使ったとしても、きちんと分散できていなければ、狙い通りの黒さは得られないのです。

先ほどのコロンビアカーボン社の文献に、分散の良い例と悪い例の透過型電子顕微鏡写真が載っていましたので、引用させてもらいます。悪い例では、大きな凝集物が存在していることがわかると思います。さきほども書きましたが、カーボンブラックの分散は決して容易ではありません。


「黒色度および底色に関するカーボンブラックの特性と分散効果」R. L. Taylor (Columbia Chemicals) 他色材、69〔6〕、389-395(1996)

さてここまでで、カーボンブラックを使って一般の方法で塗装できる塗料で最も黒いものは、「できるだけ粒子径が小さく、ストラクチャー小さいカーボンブラックを使い、最適に分散されたもの」であることがわかりました。それでは果たしてそれは、昨日ご紹介した「ピアノ・ブラック」や「漆黒」に比べてどのレベルにあるのか?が気になることだろうと思います。公開されている情報の範囲では、この問いに対する答えは見つからないのですが、ある塗料会社の社内報では、比較したデータがあり、ほぼ同等のレベルまでに到達していたとの情報がありました。あくまで最適分散という条件は付きますが、塗料でも工芸品に並ぶところまで到達しうるというのは勇気づけられる情報だと思います。

さらに、もう一つ是非注意して見てもらいたいところがあります。それは先ほどの図-3(下図・再掲)の下の部分です。実は比着色力のピークは、最小粒子径にはありません。比着色力には、最適な粒子径(16~20μm)が存在するようです。通常、有機顔料の場合は、粒子が小さいほど着色力が大きくなりますが、カーボンブラックは極めて小粒径であり、必ずしも最小粒子径が最大着色力ではなく、ある程度粒径が小さくなると飽和する傾向にあります。これは、やはり分散が難しくなるためと考えられています。


このため、カーボンブラックを使用するときは、何が何でも「黒さ」をもとめて粒子径の小さなものを使うのではなく、用途やコストパフォーマンス、取り扱いやすさとのバランスを考慮して選択する必要があるのです。

最終日のカーボンブラックを使用した黒い塗料については、説明が着色の側面のみに偏ってしまいました。カーボンブラックには、着色以外にも、導電性付与や、物性補強、紫外線吸収などいくつかの魅力ある機能が期待できます。それと同時にいろいろ使用上の問題や制約があるのも確かであり、とても奥の深い顔料なのです。これを機会に少しでも、黒という色のこと、それを具現しているメカニズムや、黒い塗料の主要原料であるカーボンブラックに興味を持っていただいたのであれば幸いです。

本日記載部分も含め全般にわたり、元関西ペイント株式会社の中畑顕雅氏より、文献の紹介や写真等の資料提供とアドバイスをいただきました。深く感謝申し上げます。

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