日本および東京の気温は明治初期から現在までにどのように変化したのか? その1

今日と明日は、日本の気温は明治時代からどのように変化したのか、そして最終的には高日射反射率塗料との関係について書いてみたいと思います。近年では、毎年のように夏になると記録的な猛暑と言われるようになっていますが、年間を通じてどのような変化があったのでしょうか?

まず日本全体ではどうなっているのか、年間平均気温の偏差を見てみました。下の図が121年間(明治31年から昨年まで)の日本の年平均気温の偏差の推移です。

この「偏差」という値はどのようにして出しているのかというと、1898年以降観測を継続している気象観測所の中から、都市化による影響が小さく、特定の地域に偏らないように選定された次の15地点の月平均気温データから算出されています。15地点とは網走,根室,寿都(すっつ),山形,石巻,伏木(高岡市),飯田,銚子,境,浜田,彦根,宮崎,多度津,名瀬,石垣島です。偏差は、観測された月平均気温から、1971~2000年の30年平均値を差し引いたものから15地点の平均をとり、それに補正を加えて算出されます。観測値に継続性があり、純粋に気象要因による変化を観察できるというメリットがあります。

この偏差の推移は、一目で明らかなように、右肩上がりに延びています。傾きを計算すると0.0124、つまり100年で1.24℃上昇していることになります。一般に日本の気温上昇というとこの値が使われているようです。ちなみに121年間では約1.5℃の上昇になります。

注意してみてもらうと、2000年以降はほとんど回帰線の上にプロットされており、近年の温度上昇がさらに著しいことを示唆しています。でもそれを考慮してもなんとなく実感にはそぐわない、とてもその程度のものではないような気もします。そうです。これら15地点は、「都市化の影響をうけていない」条件で選ばれている場所なのです。ということで今度は、典型的な「都市化の影響をうけた」はずの東京のデータをみてみることにしました。

東京にはいくつか観測点がありますが、「東京」という場所を選びました。この場所は、長らく千代田区大手町の気象庁本庁舎の一角でしたが、2016年に北の丸公園へ移転しました。どちらにしても東京のど真ん中にあります。

東京の月別平均気温が1976年(明治9年)から2019年までの143年間でどのように変化したのかを一挙に示します。

上から順に、月平均気温、月平均最高気温、月平均最低気温で、左から右に1~3月、4~6月、7~9月、10~12月のデータです。月平均最高気温および月平均最低気温とは、毎日の最高気温、最低気温の月平均という意味です。

上のグラフは全て傾きが比較できるように、季節によって縦軸の上限値と下限値は異なっていますが、その差はすべて20℃になるように書いてあります。つまり傾きが急であるように見える場合には他よりも変化が大きいのです。ではじっと目を細めて全体を俯瞰してみてください。それぞれのグラフの傾きが一様ではないと思いませんか?

それぞれのグラフの傾きを比較するために、直線近似し最小二乗法で傾きを計算してみた結果を下図に示します。

点線で示したのは、それぞれの年平均値で、月平均気温が0.0241、月平均最低気温が0.0341、月平均最高気温が0.0158です。上のグラフで見た通り、実は、傾きは月平均最低気温での変化が最も大きく、その月平均最低気温も冬季の低温時の方が変化が大きいのです。意外に感じられるかもしれませんが、しかしこれはある意味、温度上昇がCO2などの温室効果ガスによる地表から宇宙への熱放射の低減によるものと考えれば当然かもしれません。

しかし改めてみても、こうした熱放射が妨げられることによる平均気温の上昇はすさまじいものがあります。1年間で平均気温で0.0241、つまり100年で2.41℃上昇したことになります。もちろん単純な直接比較はできませんが、先ほどの偏差の上昇と比べると約2倍になります。

今日はこの辺で終わります。明日は東京の各観測地点と全国の主要都市の気温変化について調べたことを書きます。